Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “春に芽吹くは…”
 


あれほど暴れ回った割に、
気がつけばすっかりと影も形も無くなっている
冬将軍…という感があるほどに。
弥生の声を聞いてすぐは まだまだ空も低かったものが、
それからあれよあれよと、
緑の頃合いを思わすような、汗ばむほどの陽気が続き、
気がつけば あちこちから桜の便りも聞かれるほどで。

 「…梅の見どころのお話を飛び越えていませんか?」
 「さようさの。」

これ以上はない春の使者でもある“花王”とこそ
早ようお目見えしたいものよと思いつつ。
だがだが、まずは梅のかぐわしさだな…なんてのが順番のはずが、
東国の方なぞでは それを追い越す勢いで、
弥生の空にはやばやと、
緋白の花がお目見えしているという話。
京の都はそちらよりやや遅れるのが例年の常とはいえ、
やはりやはり ずんとの早めに蕾も膨らんでの、
早咲きの白いのや赤みの強いのどころじゃあない、
里によくある吉野のまでも、
微笑むようにほころんでいるとの噂が、
あちこちから賑やかに届いており。

 「宮中もてんやわんやでな。」

 「あ…。」

宮中の広々とした庭園には、
歴代の帝が愛でたという銘木がたんとあり。
それらの 梅に桜に藤に菖蒲に…という艶やかな姫らへは、
専任の仕丁らが手厚いお世話を続けているのみならず、
見事に咲いた花々を肴にした宴が数々と催されもする。
いづれ名代の権門ばかりが招かれて、
今を春よと驕っておいでの大タヌキらが、
どれほど帝からのお覚え多き身か、
競い合う…というか、牽制し合う場に過ぎないとは、
せっかくのお招きを
こちらは毎回すげなく断っておいでの
神祗官補佐殿のいつものお言いようだったりし。

 「お庭の桜ももう咲き始めているのですか?」

 「まぁな。
  しかも目につくほど咲けば
  後はあっと言う間に満開になっちまうからの。」

宮中の、それも帝や東宮が主催する宴の準備ともなれば、
一言で片付くほど生易しいものではないらしく。
奢侈は好まれぬ今帝ゆえ、派手に華美にと材を集める力技は要らないものの、
過去の宴に負けぬほど、どこか粋であったり気が利いているものでないと、
あんまり喜んではいただけぬだけに、

 「まだ先の話と呑気に構えていたらばこれだ。
  大学の文官らが緊急招集かけられて、
  何か目玉になろう趣向はないかと、連日徹夜だという話ぞ。」

 「…お気の毒ですね。」

勿論のこと、
料理や酒や、器に飾りなどなどの意匠も考えねばならぬだろうし、
舞いや音曲などなどの手配や支度も整えにゃあならぬ。
半月は早い段取りへ、皆して てんてこ舞いになっておいでだとかで。

 「お師匠様は手伝って差し上げないのですか?」

判っていて、でもと訊いてみたセナくんへ、

 「わざわざ訊くか、お前。」

あああ、やっぱりなぁというお返事が、
せっかくの美貌を凄ませての“ケケケ”という意地の悪い笑いつきで
もたらされてしまっただけだったりし。(苦笑)
今日も朝方こそややひんやりしたものの、
陽の描く物の陰の輪郭がくっきりしだした昼前にはもう、
いいお日和にあちこち上々に暖められての上天気。
ヒバリの声がないのが不思議なほどに、
そりゃあ長閑に晴れ渡った空の下。
車を仕立てるほどでもなしというご近所の野原まで、
咒に使う薬草や木の芽やを摘みにと、
当主様が直々に、出向いてのその帰りであり。
古着をほどいて作った大きめの布、
巧みに両端を結び合っての手提げのようにした工夫は、
庫裏を預かるおばさまの知恵だったが。
早咲きのあれこれ、地味だが元気な花や緑をはみ出させた
なかなかに可愛らしい包みを
その手に提げている書生くんをまじまじと見やり、

 “こういうのが映える愛らしさを見込まれての、
  お薦めだったんじゃないかい?”

そうとしか思えんぞと、
ついつい吹き出しかかった蛭魔だと、
だがだが、迂闊にも気づけなんだのは。
小さなお供の少年の眸が、
道の先に急に開けた光景へ奪われてしまっていたからで。

 「あっ、菜の花だ。」

桜が咲くほどの陽気だ、
そちらが咲いていても不思議じゃあない花の名だが、

 「おお、これは…。」

滅多には物に動じぬ蛭魔まで、
おおと足を止めてしまっての 見とれたほどの代物で。
花を収穫するのに植えてござるか、
いやいや それだと蕾のうちに収穫される。
だから、これはきっと種から油を取っているのかも。
そんな裏読みがついつい出てしまったのは、
それなりの知識をもっている身だったからだが、
蛭魔だけならまだしも、書生の瀬那くんからまで
そんな発言が出てしまった大元の理由は、

 「凄いなぁ。一面、ですよね。」

たんとたんとの広く果てなく…と思わせるほど、
それはそれは広い面積の畑を埋め尽くしての みっしりと。
目映いほど鮮やかに咲き乱れていた黄色い花たちだったから。

 「寄り道せねば知らぬままだったの。」

来た道をそのまま戻ろうとしたところが、
通りすがりの老婆が足元不如意だったのを気にかけたセナ坊、
送って行きますよと関わってしまい、
お礼に“甘味でもどうか”と誘われてしまった末の、
思わぬ回り道となった帰途なれど。
気持ちのいい陽気だったので、蛭魔もそれほど文句は言わなんだし、
何より、お礼にといただいたお団子と練りきりは、
格別の甘さと奥深さで美味しかったし。
くうちゃんにも食べさせてあげたかったなぁ…と、
二つずつあったの、まずはと一つ食べてから、
残りは持って帰ろうかしら、
でもお行儀が悪いかなと逡巡しておれば。
蛭魔がさっさと、懐ろから出した白い半紙に自分の分を包んでしまい、

 『なに、家に小さいのがもう一人おるのでな。』

兄じゃだけがご褒美はずるいと、
この子がやっかまれてもうるさいのでと。
泰然とした態度のまま、にっこり微笑って見せたのは、
果たして言葉どおりの想いからか、
それとも自分は苦手だったからだろか。
茎の緑も心持ち若草色で瑞々しい、
そんな菜の花たちの織り成す、健やかな黄色い絨毯を見渡しながら、
再び歩きだした主従の二人。

 「皆さんは桜ばかりを褒めそやなさいますが。」

ボクも“桜が咲いてたぞ”と聞くと、
ついつい立ち上がってしまうほど、特別なと思いはしますけれど。
でもね あのね?

 「菜の花やレンゲが そりゃあいっぱい、
  一面に咲き広がってるのも、大好きなんですよねvv」

心和む風景だからでしょうか、目の高さにあるからでしょうかと、
口にしつつも含羞む様子も愛らしい、
当人こそ同じほどに可憐な身の書生くんのお言いようへ、

 “なんの、
  華美な桜しか目に入らぬ流され者より ずっと偉いと思うがな。”

それは豊かな感受性で、
目立たぬながらも大切な存在を見過ごさぬ彼なのへは、
さしもの術師のせんせえも、
敵わぬかも知れぬと一目置いているところ。
菜の花よりもそんな連れのお顔を見やっておいでの師匠と気づき、

 「?? どうされました?」

おややぁと訊いたセナくんだったのへ、

 「なんでもねぇサ。」

それよか早く帰ってやらねば。
昼餉を食うてからでは、くうの腹に団子が入らぬと。
よほどに大事な預かり物でもあるかのように
自分の懐ろ撫でて見せる蛭魔だったものだから。
そうですねと返しつつ、
セナくんも思わず吹き出してしまった、
長閑でうららかな 野辺の道行きを、
尾っぽの長い小鳥が、小首をかしげて眺めていたそうな。




   〜Fine〜  13.03.23.


  *いやもう、何だこりゃという勢いで春めいておりますよね。
   お陰で用意していたネタがズレ込んじゃって、
   すっかりワヤでございます。(ううう…)


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